香港では、上を向いて歩こう
 
ツーリズム関連のレポート・エッセイ集 16)
香港では、上を向いて歩こう
『香港駐在生活・こぼれた話こぼれなかった話』(中嶋邦弘)より
2002.2.1 神戸新聞総合出版センター 発行
 香港は立体的な街。狭い土地を有効活用するためにいろいろな工夫が施されて、当然、空へと伸びる超高層のビルやマンションが立錐の余地無く建ち並ぶ。
 ビルとビルとの空間は、香港名物とまでいわれる看板が道路に降りかからんばかりに浮かび、マンションやフラット(一般の高層住宅をこう呼んでいる)はたとえ表通りであっても窓やベランダから突き出た洗濯物、クーラー、植木鉢などが、あたかも花に群がる蜂のごとく、外壁に張り付いている。しかも、その外壁を修理するために足場が歩道の上にジャングルのように組まれていく。
 香港の看板の多さは、一番すごい地域の銅鑼湾(とんろうわん)や尖沙咀(ちむさーつい)では、歩道を越えて車道まで出張っているものだけでも100mに、100個近くもあるほど。中にはかなり老朽化し、今にも落ちてきそうな物も散見される。こういうものは当然持ち主が修理するか取り外す義務があるが、持ち主がいなくなった物は役所が除去することになる。しかし、時々来襲する台風がこの様な看板をかなり淘汰(吹き飛ばす)しているとのこと。
 看板のほかに、同じく錆び付いたり老朽化したクーラーが時たま落ちてくることもある。また、古い物でなくても完成後2年も経たない最高級マンションの外壁に亀裂が入り、その一部が落下する事件も発生している。
 私の住んでいたフラット(マンション)は当時築8年のまだ新しい方だが、水周りを中心にかなり傷んできて、補修工事が所々で行われていた。ある日、下の階の住人という香港人夫婦が訪ねてきて、お宅の物干しベランダを見てくれ、と言ってきた。各戸に物干し用の床無しベランダが付いているが、汚いし、上階の同じ位置に干す洗濯物の滴も落ちてくるので、一度も使ったことが無かったのだが。窓を開けベランダを見て、ビックリ。ベランダ外壁にしっかりと固定されているはずの物干し用金具が錆びて外れ落ち、運良く洗濯ロープに絡まって下の階あたりでぶら下がり、揺れていた。夫婦曰く、突然ガチャンと音がして窓ガラスが壊れ、何事かと見れば、この始末とのこと。もしロープが絡まっていなければ地上の通路まで落下して、通行人に被害を及ぼしていたかもしれない。謝って弁償しただけで済んだのは不幸中の幸い。
 また、香港には戦前に建てられた老朽ビルが多く、年に数件、突然に倒壊することがある。この間も、築108年の雑居ビルが倒壊し、中の住人や、買い物帰りにビルの前を通りかかった主婦が下敷きになって死亡する痛ましい事故が発生した。地震がほとんど無いことから、ビルの構造は日本では考えられない程ちゃちなもの。見ていても不安になるほど。高温多湿の気候に長年晒されていると案外脆くなっているのである。危険度の高いビルは一説によると2万棟と言われてる。あまりに危険なビルは、政庁が進入禁止の封鎖命令を出し、取り壊しか改修の命令を出すのだが、措置が取られないうちに、なし崩し的に人がまた住み始めたり、出入りしたりする。華やかな超近代的なオフィスビルの林立する地区があると思えば、老朽ビル群の街角もそこかしこに存在する。
 これ以上に香港で深刻な社会問題になっているのは、「窓から外へ物を投げ捨てる人」が多いことである。テレビや冷蔵庫が降ってきたということも現実にあり、香港政庁がやっきになってテレビ・コマーシャルで警告していても後を絶たず、逆に増加傾向にある。
 ちなみに、役所が、ある高層住宅地で12〜16歳の161人を対象に行ったアンケート調査によると、「今までに自分の家の窓から外へ物を投げ捨てたことがある」人が24パーセント、「友人がそうしたことがある」と答えた人が39パーセント。
 つい先だっても、下層階のバルコニーで遊んでいた少年3人が21階から落ちてきたガラス瓶がビルの壁に当たって飛び散った破片で大怪我をしたとか、料理店の前の路上で麺をすすっていたトラック運転手が住宅上階から投げ落とされた炊事用七輪に頭を直撃され死亡するとか、乳母車の生後8ヶ月の女子が落ちてきたレンガで死亡とか。警察に届けがあったものだけで年間約500件にのぼり、うち半分は死傷事件。現行犯への罰則は、最高罰金1万ドル(当時日本円で16万円)、懲役6ヶ月とか。クーラーの室外機の水を下にこぼすだけでも罰金になる。それでもなくならない。
 ベランダの植木鉢にさした水や、外壁修理中の細かい破片がパラパラと落ちてくるのはしょっちゅうのこと。香港政庁のテレビ・コマーシャルではないが、落ちてきた乾電池に当たってあの世行きにならないように、香港では、上を向いて歩かなければならない。
 (香港1990年当時)

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