ドラマシナリオB『流行語は世相の鏡』〜“御隠居様と隣の未 央ちゃん”より
 執筆活動 13
ドラマシナリオB『流行語は世相の鏡』 〜“御隠居様と隣の未央ちゃん”より
※シナリオご使用上のお願い:小中学校・高校・大学等の教育機関における放送・文化祭などや、福祉施設での演劇・漫才、地域のFM局などで使用いただくのは歓迎(自由)です。日時・場所・主催者名・行事名・対象者の概要を右のメールへお知らせいただければ、結構です。
※出典:『ラジオうんちくドラマシナリオ集“御隠居様と隣の未央ちゃん@”』 中嶋邦弘著、2011.9.1発刊、郷土史探訪ツーリズム研究所(C)
●シナリオ集『御隠居様と隣の未央ちゃん』の趣旨

 日本・郷土に昔から伝わる風俗や庶民生活、歴史、文化芸術などについて、横丁の御隠居が隣人の女子大生の未央(みお)を通して説明、紹介する。御隠居と同年代のリスナー(観客)のノスタルジイを呼び起こし、若い世代や日本の旧来の社会生活のことをあまり知らないリスナーに、昔の生活の知識や記憶、人生訓などを伝えてゆく。
 登場人物及びストーリーの展開は、基本的には、物知りの御隠居とリスナー代表格の女子大生(未央ちゃん)の二人がテーマに応じたかけあい(問答)による。ほか、テーマや場面に応じて、適宜、第三者が登場することもある。
 会話表現としては、神戸市街において日常使われている話し言葉(曰く、「神戸弁」)を採用した(各地で放送・演出される時は、各地の生活時方言に言い直されることをお薦めします)。 一話にかかる放送(上演)時間等については、挿入する歌や効果音、ナレーションなどを含めて、約20〜25分程度とした。

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  ドラマシナリオB『流行語は世相の鏡』
●シナリオ第3話『流行語は世相の鏡』
登場人物:(2人) 横丁の御隠居、隣に住む女子大生の未央(みお)
上演時間:約25分
(効果音)玄関の戸をガラガラッと開けて入り、慌しく靴脱いで上る音。

みお「こんにちは〜。お隣のお爺ちゃん、居てる? たいへん、たいへん。教えてくれな分かれへんことばっかりや」
隠居「何や、またまた。今日は一体何事や。それに、爺ちゃんやなしに、御隠居様やと言うてるやろ」
みお「はいはい。御隠居様。よろしくお願いしま〜す。実は〜、今日中にレポート書き上げなあかんねん」
隠居「隠居にレポートを書かそうと思っても、そうはいかんぞ」
みお「分かってます〜。教えて貰ったら今日は徹夜でも、書きます」
隠居「で、何のレポートじゃ。見せてみい」
みお「昭和から平成にかけての流行語がどんな世相を反映しているのか、各年代ごとに一つずつ選んでレポートせ〜よってこと。社会生活史の先生ゆうたら、昔のこと出題するの好きやねんで〜」
隠居「どれどれ。ほ〜お、昭和の初めから現代まで、年代ごとに何や沢山当時の流行語がリストになってるやないか。懐かしいもんばっかりやな」
みお「まず、1920年代から、“大学は出たけれど”と“モボ・モガ”や。“大学は出たけれど”って、昔の話やなしに今のことと違うん? 私ら就職、心配やもんね。それに、このモグモグって何や。御隠居様のお茶の時間みたい」
隠居「何を言う。隠居のお父さんも昔はモボだと言われた男やったんや。未央ちゃんのひい婆ちゃんも、きっとモガやね」
みお「え、何それ」
隠居「好景気が続いていた大正から昭和にかけて、最先端の流行のファッションに身を固めて繁華街を闊歩するかっこいい男をモボ、モダンボーイやな。モガはモダンガールのことや。元町商店街や新開地に出没していたそうや」
みお「へ〜。モボモガね。でもね、そんな好い時代に何で“大学は出たけれど”になるん?」
隠居「その華やかなりし時のすぐ後に、実は大変なことが起きた。第一次世界大戦の後の好景気に浮かれていた時に、このあいだのリーマン・ショックより凄い“ニューヨークのブラック・マンデイ”という株の大暴落が起きた。日本でも金融の不安などから昭和恐慌になって、大学卒業しても就職口などほとんど無かった時代や。今と違って大学進学率も低くてな、超エリートばっかりやったのに、それや。世界恐慌という全世界大不況が蔓延して、それで、どこの国も戦争に突入していったんじゃよ」
みお「ははあ〜。えらい時代やったんやね〜。これ、レポートにするわ」

隠居「次は?」
みお「1930年代。“ルンペン”と“日の丸弁当”。どっちも分からへんわ」
隠居「“ルンペン”はお乞食さんのことや。さっきの大不景気のせいで世に多く見られるようになった、今で言うところのホームレスさんやな。“日の丸弁当”は、この隠居も学校へ持って行っていたな」
みお「国旗でお弁当箱、包んでたん?」
隠居「当時は食べ物も質素で、今ほどおかずが豊富じゃなかった。長方形の弁当箱一杯に白いご飯を詰めて、その真中に赤い大きな梅干を一つ入れる。白地に赤くの国旗、日の丸弁当や」
みお「おかず、梅干だけ?」
隠居「そうやがな。贅沢は敵やって、まあ物資も食糧も少なかった時代やな」
みお「へ〜え、信じられへんわ」

隠居「せやから、その辺から日本も戦争に突入して、何から何まで窮屈な時代を迎えたんじゃ。次の1940年代は、その戦争と戦後復興の真っ只中と言う訳じゃな」
みお「40年代は、“月月火水木金金”と“ピカドン”と“一億総ざんげ”と“ニコヨン”や。また、訳の分からへんもんばっかり」
隠居「“月月火水木金金”というたら日曜と土曜が無いやろ。戦争や訓練に休みはないのと、それをサポートするためには国民は休まず一生懸命働けよ〜、ってこと。当時の歌にもなっているで。“月、月、火〜水、木、金、金”てな。“ピカドン”は広島や長崎に落とされた原爆のことや。ピカッと熱線が光ってドンと衝撃が襲う。ほんまに酷(ひど)いこっちゃった」
みお「ほんと。そこで、終戦を迎えることになったんやね。せやのに何で“一億総ざんげ”せなあかんかったん?」
隠居「そうやな、戦争を主導していた軍隊だけが悪かったのやない、国民全員、それぞれの立場で戦争をサポートさせられてたと言うかしてたと言うか、要するに一億国民がよう反省しましょう、という訳や。占領軍、GHQやな、その意向も込められてるわな」
みお「GHQって何の略?」
隠居「占領軍の本部、ゼネラル・ヘッド・クォーターの略や。当時の日本は、占領軍って呼ばずに進駐軍って言い換えて一応抵抗してたけど、何でも言いなりやった。しゃーなかったんや、負けたんやさかい。“ニコヨン”は、戦後復興する時に失業対策として、主に公共事業の働き手に来てもろた、日雇い労務者のことや」
みお「それが何で“ニコヨン”?」
隠居「40年代の終わり頃になると戦後の超インフレも収まって、一日の日当が何百円っていう時代になった。それで、当時の失業対策日当が一日240円やった。それから、2と4、ニコヨンって言われたんや」

みお「次は50年代から、“プータロー”、“太陽族”、“三種の神器”、“トラグラ”やけど、“三種の神器”は聞いたことあるね。“プータロー”やほか、何のこと?」
隠居「だんだん難しくなってくるな〜。“プータロー”は働きもせずブラブラしてる者のこっちゃ」
みお「今の“ニート”とどう違うの?」
隠居「結果的には同じ状態やけど、ニートは勉学する気も働く気も持たん若いやつやろ。プータローにはまだその意志はある場合も言うてた。女性やったら“プー子”や」
みお「“太陽族”は?」
隠居「“太陽族”は隠居世代にとってはちょっとした憧れだったな〜。未央ちゃんは、前の前の東京都知事、誰か知ってるか」
みお「それくらい知ってる。石原慎太郎元知事やんか」
隠居「その石原慎太郎元知事が大学出立ての頃に“太陽の季節”という小説を書いて芥川賞を貰った。その小説に出てくるところの、戦前教育の窮屈なところを忘れて、開放感溢れ進歩的やと言うたらかっこ良いけど、まあ、海辺で無茶ばかりやってる享楽的な若者たちや、当時の年寄り世代から見たら眩しい彼らを“太陽族”と言った。映画にもなって、隠居も見に行ったもんだ。主演した元知事の弟の石原裕次郎なんか、かっこよかったな〜」
みお「へ〜。あの小難しい小言ばっかり言うてるような石原元知事が、そんな進んでたん。そう言えば裕次郎もお婆ちゃんの憧れやったそうやで。そしたら“トラグラ”は?」
隠居「それは、未央ちゃんのことや」
みお「何か悪口?」
隠居「いやいや、褒め言葉やで。当時の若者たちの憧れや」
みお「え、え、ほんま〜。何の略語?」
隠居「当時の映画で言うたら、未央ちゃんは“ウェスト・サイド・ストーリー”見たことあるか?」
みお「ある、ある。ミュージカル映画の一番やもん。夜のバルコニーで二人で歌う“トゥナイト”って、大好きや」
隠居「そのヒロイン、マリヤが“トラグラ”や。小柄な可愛い娘やのに、ボイン、プリンやから。当時出始めた、昔の大きな真空管ラジオと比べてほんまに小っこい、電子回路を組み込んだのをトランジスターラジオといってた。そこから、トランジスターやのに、グラマーな女性を“トラグラ”と称した」
みお「へえ〜、小柄でグラマーね。まあ、私としても、そう感じるね〜」
隠居「なんじゃ、今時の若いのはそこまで言うか」
みお「“三種の神器”は、習ったことある。昔、生活が豊かになって行くに連れて、家庭で揃えておくべき電化製品やね。白黒テレビに冷蔵庫に洗濯機や。でも何で神様の器具になるの?」
隠居「本来“三種の神器”とは、天皇家に代々伝わる権威の象徴とする神聖なる物を言うんじゃ。日本神話にも出てくるこの三つの物とは、八咫鏡(やたのかがみ)と草薙剣(くさなぎのつるぎ)と八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)のことや」
みお「ふ〜ん。あんまりピンと来ないわね。でも確かに家庭には絶対あるものばっかりやね」
隠居「それだけ、豊かな社会になったということじゃ」

みお「60年代も沢山あるけど、レポートにしたら良さそうなところだけでも良いけど。言うで。“交通戦争”、“現代っ子”、“かぎっ子”、“一姫二虎三ダンプ”、“三ちゃん農業”、“3C”、“核家族”、“昭和元禄”」
隠居「う〜ん。“現代っ子”、“かぎっ子”、“核家族”は説明せんでも分かるやろ。未央ちゃんも“3C”知ってるやろ?」
みお「その頃の新しい“三種の神器”ってとこやね」
隠居「うん、うん。昭和40年代や。よう分かってるやないか。ちなみに?」
みお「カラーテレビ、クーラー、カーやね。生活向上のステイタス商品や」
隠居「ご明察のとおり。その頃から、日本は高度成長経済の道を一気に辿って、“消費は神様”てなことになって、今の日本経済の基礎を形作ったんじゃ。それで、当時の世の昭和も、江戸時代の元禄年間に繁栄した時に模して“昭和元禄”と豪語してたんじゃな」
みお「ふんふん。良く分かるわ〜」
隠居「その繁栄の裏側として、社会生活の様態が変り、公害問題が発生して、“交通戦争”や“三ちゃん農業”が出てくるんじゃ」
みお「交通が戦争やて、ちょっと言いすぎちゃう?」
隠居「いやいや、昭和30年代から経済発展に併せて交通事故が多発しててな。その死者数の水準が、明治の日清戦争のでの日本側戦死者、2年間で約2万人に近づく程になって、一種の戦争状態やから“交通戦争”と非常事態宣言をしたんじゃ。“一姫二虎三ダンプ”もそのあだ花ってとこかな」
みお「何それ、交通と関係あんの?」
隠居「当然じゃ。“3C”でマイカーが売れて、景気が良くなって建設工事が多くダンプカーが街中走り回って、運転免許も、猫も杓子もって状態になったからな」
みお「ダンプカーが轟音立てて走り回ると言うのは分かるけど。それが三で、一二は何のこと? 虎ってタイガースのこと?」
隠居「ダンプカーの乱暴運転は当時困りもんやった。事故が多く、危ないし。それにも増して恐いのが虎であり、一番恐い運転は姫なんじゃ」
みお「だから〜、虎、姫って?」
隠居「虎は、酒に酔った人を言うやろ。だから酔っ払い運転が危険やと。それより恐いのが姫、すなわち女性の運転やと言うてる」
みお「まった、失礼な流行語やね」
隠居「ダンプカーが傍若無人なのは誰も知ってるし、酔っ払い運転が危なっかしいのは、その運転する車見てても気が付く。見かけたら危険を察知して避けるわな。けど、ご婦人方の運転は、一見まともに車を走らせているから安心してたら、突然急ハンドルや急ブレーキをやったりするから、想像がつかん恐さやからや」
みお「ほんまに失礼やね。で、三ちゃんって何?」
隠居「これも経済の発展に伴って、田舎から若者たちのほか父親年代までが都会や工場へ労働者として大量にやって来た。すると地元の農業が手薄になって、実際に農業に携わる人が、田舎に残された母ちゃんと爺ちゃんと婆ちゃんの三ちゃんだけになったんじゃ」
みお「今もそんなみたいやけど」
隠居「今は、その都会に出てサラリーマンになっていた若者が年をとって田舎に戻って農業を続けてるというのが実態じゃ。当時とはちょっと意味が違うが」
みお「ふ〜ん。出稼ぎの問題なんかもあったんやね〜」
隠居「頑張って働けば働くほど、良い生活が送れるのが見えていたからな。世相に合わせて人は動く」

みお「70年代も多いで。“モーレツからビューティフルへ”、“アンノン族”、“恍惚の人”、“独身貴族”、“ルーツ”、“サラ金”、“ギャル”、“ダサイ”や。今でも使ってる言葉、この時からやね。“アンノン族”、“独身貴族”、“ルーツ”、“サラ金”、“ギャル”、“ダサイ”、みんな分かるわ」
隠居「でも、“モーレツからビューティフルへ”は分からんじゃろ。ちょうどその頃から、経済一辺倒で働け、儲けろ、ばっかりでしんどくなってきた。自分たちの廻りを見直して、もっと余裕のあるかっこ良いビューティフルな生活を求めようという動きが見られたんじゃ。実はその前年に、ガソリンのコマーシャルに、疾走する車にバイクの娘さんのスカートの裾(すそ)が吹き上げられるのがあって、“お〜、猛烈”ってのが流行ってた裏返しじゃな」
みお「“恍惚の人”って喜んでる人のこと?」
隠居「恍惚ってのは、本来、美しいものに接して、うっとりする様子を言うんじゃが、事はそう簡単やない」
みお「それでええんちゃうの?」
隠居「いやいや。この言葉が流行る前には、流行歌で“恍惚のブルース”というのがあって、その辺りまでは、まあそういうことやったがな。有吉佐和子さんが小説“恍惚の人”をかいて、ベストセラーや。森繁久彌が主演した映画もヒットした」
みお「それが、何で流行語に?」
隠居「あの小説は、85歳の痴呆老人の生態を執拗に描写して、老齢化社会が間近に迫っていることを訴えた。当時、社会にとって未だあんまり知りたくなかったショッキングなテーマじゃったからな。今では、悪口のイメージも入ってきて、あんまり使うことがなくなってしまったけどね」
みお「ふ〜ん。深刻な問題提起やったんやね。それだけに、世の移り変わりによって、使われなくなる流行語も出てくるんや。良く分かったわ。次の80年代になると、“ブリッ子”、“ネクラ・ネアカ”、“ルンルン気分”、“軽薄短小”、“おしんドローム”、“新人類”、“亭主元気で留守がいい”、“ソース顔・醤油顔”、“オタク”や。私らでも知ってるのばっかりや」
隠居「そうそう。朝のテレビドラマの“おしん”は誰もが見てたな。貧乏な家から出て苦労の末に成功する、いわゆる立志伝や。モデルは、スーパーの“ヤオハン”を創業したおばちゃまや。せやから、発展途上国の外国でも人気で、何十ヶ国語に直されて放送されたんじゃ。隠居が昔、マレーシアに出張した時に現地で見た“おしん”は、日本語で喋ってたけど、訳してるスーパーが4ヶ国語出てきた。画面の下半分にマレーシア語とタイ語、北京語に広東語がズラッと並ぶ壮観じゃったな」
みお「へ〜。噂には良く聞いたけど、私ら未だ見たこと無いねん。外国の人も見てるのに、私ら世代でも一度は見ておかなあかんね。今度レンタルビデオ屋さんへ行って借りてくるわ」
隠居「それがええ。それがええ」
みお「90年代になってくると、私も生れてたし、馴染みのものばっかりやね。“アッシー君”、“バリアフリー”、“ヤンママ”、“がんばろうKOBE”、“援助交際”、“ビジュアル系”、“ガーデニング”、“環境ホルモン”、“学級崩壊”、“カリスマ店員”」
隠居「ふんふん。こりゃあ、何と言っても“がんばろうKOBE”を取り上げてもらわないかんな〜。あの時はひどかったな〜。ご近所の知り合いも何人か亡くなられてしまった」
みお「私、3歳の時や。何も覚えてないけど」
隠居「未央ちゃんちは、傾いてたけど何とか立ってたね。うちは全壊やったんや」
みお「それで、御隠居様、大丈夫やったん?」
隠居「それが、ほかも同じやったけど、1階が潰れて2階が下へ落ちてきたんや。隠居は1階に寝ていて、危なかった、死ぬとこやった。婆さんは、2階に寝てて、ビックリして起きて外を見たら、道が目の前にあって、何時の間に1階で寝たんやろかと思うたって」
みお「どないなって助かったん?」
隠居「ドーンと来て、ガーッと大きく揺れて気が付くと、丁度寝てる1階の床が抜けて下へ落ちた。床下や。そこへ天井が落ちてくる、2階が崩れてきたんやな。大きな音と振動や、死ぬ思たで。目をあけると天井は目の前や。瓦礫は1階床あたりに溜まって床下には空間ができてて助かったんや。奇跡やな。それから、婆さんの叫ぶ声が聞こえて、1時間ほどしてから未央ちゃんのお父さんに助け出してもろた」
みお「へ〜。2階が落ちてくる寸前に、1階が床下に落ちて助かった。そら、奇跡以外の何物でもないわ」
隠居「でなかったら、ぺっちゃんこで、あの世行きやったな」
みお「でも、生きてて良かった」
隠居「ありがとう。未央ちゃん、やさしいね」
みお「そら、いろいろ教えてもらわなあかんし」
隠居「ふ〜ん。わしゃ、百科事典か」
みお「もう、そんなにいじけないの。“がんばろうKOBE”も、その時の復興に向けての合言葉やったんやね」
隠居「そうじゃ。ほんまにこないに復興するとは、思いもつかんことじゃったな〜。でも、意地になっても“がんばろうKOBE”を掲げることで、みんな勇気が湧いていたんじゃな」
みお「街も、こないに建て直して奇麗になったし」
隠居「あの時、神戸がホームやったプロ野球のオリックスが、ユニホームの袖にこの合言葉を縫いこんで、その年のパリーグ初優勝を飾ったんや。わしらご近所のみんなも運動公園の球場へ応援に行ってたんやで」
みお「イチローも居てた?」
隠居「居てた。それで、もう一つ、その年、年末のNHK紅白歌合戦にクールファイブの“そして神戸”が歌われた。あれにも元気付けられた」
みお「え〜。どんな歌?」
隠居「“こ〜べ〜、泣いてどうなるのか〜。魅せられた我が身が〜惨めになるだけ〜・・・”って。初めは、ク−ルファイブは遠慮して他の曲にするつもりやったそうやけど、神戸の人たちが聞きたいと望んでいるとのことで決めたそうだ。実際、励まされたんやな。“ひとつが終わり・・・ひとつが始まる” 聴いてて、涙が出て来たで、あの時」
みお「みんな頑張ってきたから、今があるんやね」
隠居「そうや」
みお「絶対レポートに入れる。まかしといて。ほな、最後の2000年代。これは、ほんまに今やね。御隠居様こそ分かってる?」
隠居「全部、分かるわい。何、何。“IT革命”、“抵抗勢力”、“DV”、“負け犬”、“想定外”、“KY”、“アラフォー”、“ワーキングプア”、“婚活”、“草食系・肉食系”、“仕分け”・・・。う〜ん、だんだん悪口や、状況の良くないものばっかりを表現する言葉ばっかりやな。まさに世相を反映してるんかいな」
みお「“KY”って分かってる?」
隠居「え〜っと、何だったかな。KとYね。鍵のことかいな?」
みお「やっぱり、あかん。“KY”ゆうたら空気を読めへんやつ、ってこと。その場の雰囲気から浮いてしまってる困ったちゃんのことよ」
隠居「なんや、悪口かいな。でも、そんな“KY”みたいな言葉が流行るのは、他人を思いやらない、ひとのことを気にしない風潮の現われやな。嘆かわしいこっちゃないか」
みお「そう言えばそうやね」
隠居「“負け犬”って言葉もいやじゃな。勝ち組、負け組って決め付けるのは良くない。ある意味、他人を見下し、あるいは自分を卑下して諦めてしまうなんて、けしからん。“ワーキングプア”もそうや。昔、有名な詩人、石川啄木が“一握の砂”で“働けど働けど、我が暮らし楽にならざり、ぢっと手を見る”と詠ったけれど、あの人は特殊なケースじゃ。“ワーキングプア”には、社会の階層としての貧困層を認めて押し込めてしまう嫌な言葉の最たるものだ。政府は一体何をやっているのか・・・」
みお「まあまあ、そう怒らんで」
隠居「“想定外”も、言い訳に都合の良い言葉や。“抵抗勢力”も自分と意見を異にする者を十羽一からげに敵対視して、やっつけてしまおうという魂胆ありありじゃ」
みお「おっしゃるとうりです」
隠居「ところで、未央ちゃんは“婚活”はどうなってる?」
みお「へ〜。御隠居様、“婚活”って分かるの? トンカツやないで」
隠居「失礼な。せやけど、今頃はお見合いってのもしなくなったし、若い子らは、一体どうして相手を見つけるんじゃ? 学校の同級生ぐらいしかおらんのとちゃうか?」
みお「〜ぐらいしかおらんのよ。だから〜、思い切って“婚活”やらなかったら、そんなチャンスは全く無いんよ」
隠居「さみしいのお。昔はおせっかい過ぎるぐらいの知り合いのおば様方が、年頃の娘さんに見合い口をわんさか持ってきたもんじゃったが。今は、どうしてるんじゃ? “無縁社会”を具現化してるやないか」
みお「今、若者の間でも問題になってんねん。その“無縁社会”って。“婚活”もまだまだ先やと思てるから、友達もそんなに真剣に考えてないわ。まあ、合コンぐらいかな、やってる言うたら」
隠居「合コンって、どっか他所のグループとつるんでやる飲み会かいな。未央ちゃん、まだ未成年やから飲んだらあかんで」
みお「分かってます。私ら烏龍茶や」
隠居「“就活”もせなあかんな」
みお「そやねん。けど、御隠居様も“断捨離(だんしゃり)”やってる?」
隠居「何や“断捨離”って。シャリ、お米を断つってことか」
みお「また、とぼけちゃって。分かってるくせに。私ら若い世代も身の回りを整理整頓することは大事やけど、御隠居様クラスになったら、そろそろ本格的にやらなあかんのとちゃう?」
隠居「ほんなら、早速、“断捨離”の“離”で、未央ちゃんと離れよか。ほな、奥でちょっと休んでくるさかいに。バイバイ」
みお「あ〜ん。また、逃げてしもたわ」

(効果音)部屋の扉を開けて、バタンと閉じる音。

(第3話 おわり)
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