あの夏、僕たちは幽霊に遭遇した
  (郷土史にかかる談話 68)

あの夏、僕たちは幽霊に遭遇した

 小学生の夏休み、須磨郊外のいとこの家に泊まっていたある日のこと。

 その日はお昼から山奥の大きな池「落合池」に釣りに行こうと、いとこといとこの友人との3人で出掛けた。当時いとこの家の西側には開発の手が入り始めており、500メートル北奥の裏山の西側は、その少し北方の峠の頂上付近から一帯は樹木が一掃され、粗造成された砂利だらけの道路が1本、造成地を通り抜けていた。
 そこの裏山に分け入り、小道を登って行くと峠から少し降りたところの造成道に合流し、落合池へは造成道を横断して更に西へ山中を約1キロちょっと小道を通り抜ける近道で辿りつけた。
 その造成道にやってきた時、100メートルほどの右上には峠の頂上に、1本の松の木が見えた。
 その時いとこが提案する。
 「峠のところに一本松が見えるだろう。実は、3日前にあの松で首つり自殺した人があって大騒動だったんだ。ちょっと行ってあの松を見に行かないか」
 僕たちは怖い半面、興味深々といったところで、いとこが先頭に立って3人揃って峠を登り始めた。あと20メートルほどで松の根元に着くところ。
 突然、峠の向こう側から車のエンジン音と共に、1台の自動車が姿を現した。車が峠の頂上にある松の根元を通り過ぎた途端、何故かエンジン音は消えた。砂塵を巻き上げながらタイヤが道をかむ音だけを響かせながら近づいてくる車に只ならぬ雰囲気を感じた僕たち3人は、運転席を見た。誰も乗っていない。ただ、ハンドルだけが見えて動いていた。

 「ギャーッ! 幽霊や〜!」
 声にもならない叫びをあげてころびつまろびつ、3人とも必死に道の両端に倒れ込み、近づいて来る車から身を逸らせた。避けた道端から怖々振り向き覗くと、ハンドルだけが道なりに動いている無人の車が僕たちの横を通り抜けた。そして、50メートルほど下った曲がり道の山影に入って視界から消えた車は、その途端、タイヤの音も消え、静寂に戻った。
 顔を見合わせた僕たちは、
 「松の下を通ったら、音も消えた。誰も乗ってなかった。ほんまに幽霊や! 逃げろ〜!」
 一目散に逃げ帰り、釣竿を取り落してきたのも気がつかなかった。手のひらには、逃げる時にこけてついた擦り剥き傷が残っていた。
 真夏のあの日、僕たちは幽霊に遭遇したと信じている。
 (2016年10月)
※1:約60年前(昭和30年頃)の小学生高学年の頃のことだった。
※2:いとこの家は妙法寺(神戸市須磨区)近隣。
※3:記憶が定かではないが、いとこの家から500メートル北奥の神戸赤十字病院付属須磨診療所(現在廃止)が建っていた裏山周辺でのことか。
※4:落合池は、現在の神戸市営地下鉄名谷駅前北側に調整池として残っている。

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