チャールズ皇太子、ダイアナ妃来る(香港)
 
ツーリズム関連のレポート・エッセイ集 18)
チャールズ皇太子、ダイアナ妃来る(香港)
『香港駐在生活・こぼれた話こぼれなかった話』(中嶋邦弘)より
2002.2.1 神戸新聞総合出版センター 発行
 香港の経済の強さを象徴して、湾仔(わんちゃい)に超大型のコンベンション施設「香港会議展覧中心(Hong Kong Convention And Exhibition Centre)」は、1989年春頃から一部供用開始していたが、この程全施設が完成。同年11月9日に総合完成式典(Grand Opening)が、プリンス・アンド・プリンセス・オブ・ウェールズのチャールズ皇太子とダイアナ妃のご臨席を得て執り行われた。

(開館式典の香港会議展覧中心前でロイヤル・カップルを迎える)
 香港貿易発展局(TDC)が式典を取り仕切る。来賓として香港の各国公館や有力企業が招待される。そんなに大きな式場ではないので、在香港の日本関係者の誰が招待されるか、インヴィテーションの有無が香港でのステイタスを示すバロメータの様な意味合いにとられ、悲喜こもごもの話題を提供した。兵庫県香港事務所は平時の活動が評価されてめでたく来賓としての招待があり、日本企業駐在員の仲間内でも大変うらやましがられた。
 当日は式典開始の1時間前から受け付け、式場は一段高いだけのステージとプロムナードとを飾りロープで区分けしているだけで、比較的自由に招待客達は自分の立つ位置を決めることができる。そこで私は考えた。
 この式場の配置からは、チャールズ皇太子とダイアナ妃がステージ上で祝辞スピーチなどの式典部分が終わった後、プロムナードの両側に分かれて歩きながら、途中で来賓達と言葉を交わすようになっていることが想像される。プロムナードがクランク型に曲がって突き出している角を絶好のポイントと目論見を付け、30分以上前から位置取りして開始を待つ。どんどんと招待された来賓達が集まってきてプロムナード両側はぎっしりと一杯に並んだ。

(式典に出席されたチャールズ皇太子とダイアナ妃)
 我ながら良い判断であったと内心期待が膨らみ、幸運にも顔が会えばこちらから声をかけようと、何を言えばよいか、頭の中でいろいろ試みていた。
 ところが、開始5分前になって、数人の来賓が係員の案内で一人づつプロムナードの要所要所の最前列に割り込み立って待つ。当然その位置にいた人は横か後ろにどかされている。私の所にも1人連れられて来た。どこかで見た事のある顔で、係員と交わしている会話のなかから、今日このために急遽東京から飛んできた日本財界のドンT氏と判る。私は横にずらされたのである。
 おやおやと思っているうちに式典が始まる。香港貿易発展局長(日本の通産大臣に相当)のリディア・ダン女史にエスコートされてチャールズ皇太子とダイアナ妃が入場、その後式典は滞りなく終了した。 

(参加者に声をかけられるチャールズ皇太子と、私の前に割り込んだT氏)
 そして予想通り、チャールズ皇太子とダイアナ妃はプロムナードの両側に分かれて前列に立つ来賓に声をかけ始めた。私の方の列にはチャールズ皇太子が歩み寄られ、2人目にそのT氏と会話を始められた。T氏のS企業グループのイギリスへの投資に対する謝辞のようなものが中心的な話題であったが、元、私の立っていた場所だけに悔しい。しかし、声をかけられた来賓のほとんどが5分前の直前に別途案内されてきた言わば超VIPに限定されていたようであったが、それ以外の幸運な人も何人かあった様子。
 何かの拍子に声をかけていただける千載一遇のチャンスであったが、絶好の位置取りが逆にT氏の後ろとなっては、逆にその機会も失われた訳で、残念。(香港1990年当時)

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