すり・置引きにご注意を!(海外トラブル)
 
ツーリズム関連のレポート・エッセイ集 21)
すり・置引きにご注意を!(海外トラブル)
『香港駐在生活・こぼれた話こぼれなかった話』(中嶋邦弘)より  2002.2.1 神戸新聞総合出版センター 発行
 海外に出た時の日本人の無防備さは特に目につく。
 日本人にとって、東南アジアでは現地の人も日本人ともよく似た顔つきで、初めはちょっと見た程度は判らないのが当然。短期の旅行では判読できにくいであろうが、現地の駐在員ともなれば見る目が養われてくる。日本人か日本人でないか、旅行客か現地駐在員かぐらいは一発で判る。
 昔、武道の達人がその身のこなし起居振舞で、隙だらけかそうでないか一瞬に読みとれるとは、このことを言っているであろう。まして、恰好の獲物を求めている良からぬ思いの人達にとって、この隙だらけ無防備の日本人旅行客はフルコース料理の無料招待以外の何物でもない。丸分かり。
  被害に遭われて事後対応をお手伝いした実際のケース、駐在員仲間の経験談なども含めて、皆さんも思い当たる節がお有りでしょう。無事だったのは単に感謝すべき好運にすぎなかったのではないでしょうか。
(1)あっという間の置引き
@ 飲茶に夢中で、後に置いたバッグを

 男性ズボンの後ポケットが危険なことはもう常識と思うが、今流行の手提げ鞄やウェストバッグも良く狙われる。商談のため香港に来られた会社社長のYさん。
 ツアー2日目、香港での朝食は飲茶(やむちゃ)がおいしい。大きなレストランで円卓を囲み、珍しい点心(でぃんさむ)を次々楽しんでいた。日本と同様に、手提げ鞄を椅子の背もたれとの間に挟んでいたが、ちょっと油断した隙に、見事に通り際に持っていかれてしまった。
 パスポートから財布、小切手帳、クレジットカード、運転免許、手帳など一切合切入っていた。当座の現金は仲間から借りられたが、後は何もできなくなった。警察への盗難届、日本総領事館への手続きのための証明写真の撮影からパスポート紛失届と日本に帰国するための渡航証明の発行願、クレジットカードの紛失届、小切手やキャッシュディスペンスカードの紛失届を取引銀行の香港支店へ。しかし、再発行依頼もされたが、現地ですぐにはということで無理とのこと。
 勿論、当人の身分を証明するものは全部盗られて無いので、私が保証人となって同行証明したのである。
A ホテルのカウンターで足元に置いたバッグは
 年に数回は香港に来る県内業界団体役員のM氏。ホテルのカウンターでチェックアウトの手続き中のことだった。ショルダーバッグを足元に置いていた。しかし、ここがベテラン。彼はショルダーバッグのベルトを片足に通しておいた。
 チェックアウトの確認サインの最中に、足が後ろへぐっと引っ張られ、オートットッ。見れば小柄な男がバッグを掴んで持って行こうとしている。
 「こらっ!」と大声。犯人は一目散にホテルの外へ。
B 公衆電話中に足元に置いたアタッシュケース
 仲の良い他のA駐在員のケース。日本からのお客様を案内して関係先訪問の途中、お客様が知らないうちに財布をすられてしまったことに気がつき、駐在員が代わってクレジトカードの停止届を立ち寄ったホテルの公衆電話で連絡していた際に、足元に置いたアタッシュケースを置き引きされた。 普段注意怠りない駐在員でも、お客様の被害に動転し、自分の物への警戒が緩んだ隙につけ込まれてしまった。
C ブランドショップでも常時抱えて
 香港に来られたお客様O氏を買い物に案内する。お客様はショルダーバッグを足元に置いて買物リストを片手に次々と土産物の品定めと店員との交渉に夢中、店内をあっちこっちにうろうろ。若干不安を感じた私は、そのバッグを手に持つ。全部注文し終えて一段落。そこでハッとバッグに気づいてあわててきょろきょろ。私の手に提げたバッグを見つけて、O氏、顔面蒼白から安堵へ。
 これがよく被害に遭う一番危ないケース。

(2)見事なテクニックのすり
@ カジノはすりの稼ぎ場と心得よ
 手提げ鞄でも危ない。香港旅行のオプショナルコースにポルトガル情緒とカジノで有名なマカオ行きがあり、日帰りツアーで人気を集めている。
 ツアー参加者は各自、ガイドさんから事前に注意を受け、持ち物は手でカバーしやすいハンドバッグか手提げ鞄、ウェストバッグの一つぐらいにして出発する。職場の仲間同士で香港ツアーにやって来たグループのケース。
 日本では味わえないギャンブルの魅力にのめり込まないまでも、ほんのちょっと賭けてみたいのが人情。カジノ場内はどこでも、また賭け台の周りでは胡散臭そうな人物がうろうろしており、端から見ているだけと思っているつもりがつい熱中してしまうもの。Bさん、手首にベルトを通してしっかりと抱えていたつもりの手提げ鞄から、一瞬にしかもスムーズにファスナーを開けられ、財布だけを盗られた。運良く(?)パスポートは盗られずに残されており、帰りのフェリーの切符はガイドさんが持っていたので、ギャンブルではすり、すりにはすられ、香港へは無一文になって何とか帰ってこれたことはこれたのである。
 そもそもマカオのスリは現金中心。もしパスポートを盗れば、出入国手続きのための被害届で警察沙汰が増えて、取締りや巡視が厳しく行われたりして彼らの仕事がやりにくくなるため。まして、短時間ですぐ香港に帰ってしまう日本人は多少の被害金額なら泣き寝入りするため、集中して狙われている。
 マカオでのすり被害は、女性のハンドバッグやウェストバッグでもよく起きていた。当人達はしっかりと抱えていたのにと言うが。しょっちゅうのこと、日常茶飯事。
A イミグレ行列では緊張するけれども
 駐在1年未満のまだ駆け出し駐在員C氏のこと。香港と国境を接する中国広東省の深せん(土へんに川)市、経済特区としての発展で、香港とは国と国と言うよりも、100万人都市間の往来が毎日続いている。国境の混雑は、一言で言うならば、改札制限をされている通勤ラッシュのターミナル駅を想像していただければ良い。
 香港人は中国同胞としての別扱いで、日本人やその他外国人のパスポート・ホルダーは、別窓口。駅改札口と同じくイミグレ(入国審査)に行列、それも押すな越すなで並ぶ。審査官の台が近づき、パスポートを取り出してビザ(入国査証)のページなど該当部分を開けて待っていると、後ろから列が若干押してきて、後ろの人の肩から架けた手荷物鞄がC氏の腰の左側に押しつけられる。いやだなあと思いながらも、次がC氏の入国審査の番で、注意が何時呼ぶかと待っている審査官の方に向いていた。ものの5秒も掛からなかった押し合いであったが、イミグレ通行(通関は何も見ないフリーパス)後、中国深せん(土へんに川)市側に入ってズボンの左ポケットを探ったら、無い。やられた。カーッときて後ろを振り返り、犯人を探したが入国しないで香港側へ遁送。中国側で無駄骨とは思いつつ被害届の提出、行列している国際電話に並んで香港へやっとの思いでクレジットカードの停止届を済ます。
 今にして思えば、イミグレの直前に免税店で土産用の煙草を購入した際に、財布を取り出し、ズボンに戻したのを見られてマークされたのだろう。 これ以後、イミグレの行列で不自然に身体を寄せてくる者に注意し、さっそく財布にはベルトに直結するチェーンを着けたそうです。
B エレベータでぎゅうぎゅう詰めの時
 女性のハンドバックのケース。これは駐在員夫人D女史の被害。駐在員夫人の仲間3人で日系デパートへ買い物と上階レストランでの昼食後、リフト(エレベータ)で1階へ。エレベータ・ホールすぐ外の通りに出て、ハンドバックの口が開いているのに気がつき、中をあらためたら財布が無くなっていた。 リフトの中で隣に立った男性がごそごそしていた様で、ほんの一瞬の油断。
 現金のほか、クレジットカード、日本人倶楽部の会員証が被害。クレジットカードはファミリーカードで、直ちに停止届を電話して一安心していたら、家族の持っているカードの方も無効になって店で大恥をかき、再発行まで当分不自由をかこったそうだ。
C 集団強引すりに狙われたらお終い
 職人芸的すりのほか、集団で取り囲み、難癖を付けている間にすり取ってしまうのも多い。
 繁華街から一本入ったちょっと薄暗い小道で、向こうから3、4人でやってきて、周りを取り囲み、解らない言葉で話しかけられているうちに、ポケットの財布をすられる。
 日本から出張してきた会社役員達と地下鉄に乗ったが、結構込んでいたので別々のドアから別れて乗車。1人違ったドアから乗り込んだ会社役員K氏の周りを4人の胡散臭そうな男達が取り囲む。次の駅に電車が入っていくタイミングでこの4人組がドアの方へ移動するのにこの会社役員がちょっと揉まれる。ドアが開いてホームへ4人組が降りるやいなや、だっと二方向に駆け出して逃げる。会社役員に大丈夫かと声をかけた時は既に遅し。背広の胸の内ポケットに入れていた財布は跡形もなかった。
(3)高等戦術
 すり・置引きなどには、単純な仕掛けへの警戒、油断せずに対処されていれば、基本的にはまず安全といったところか。
 ところが、それだけ注意をしていても、相手はその辺りは折込済みで、一段と込み入った仕掛けをしてくる。高等戦術だ。ここに紹介するケースは全て実際に起こったこと。自分は大丈夫と気構えていても、乗せられてしまわないように。
@ 両替詐欺にだまされない
 すり、置き引きとは違うが、日本人相手専門のだましのテクニックも。夜に街を案内して後、ホテルのロビーで別れた団体役員M氏に、明朝出会って聞いた経験談。
 エレベーターに乗り込むと上品な外国人が英語で話しかけてくる。内容は、明日、日本に行くことになっているが日本のお金(札)はどのようなものか見たことがないので1万円札を持っていたら見せてほしい、そしてできたら100USドル札と交換してほしい、とのこと。当時の円ドル交換レートは1USドルで130円程度で、1万円で100USドルと交換できれば損な話ではない。相手は胡散臭くなく紳士然とした感じ。親切心も起きて、本来ならオーケーと言うところであったが、たまたま当日の夕食時に私から聞いていた両替依頼に乗らないようにとの注意を思い出し、断った。
 このケースは、香港ではやっていた日本人観光客を狙った偽ドル紙幣交換詐欺の未遂事件である。この偽ドルは銀行や両替屋ではすぐ見破られてしまうが、親切そうな日本人に上手く押しつけて1万円を持ってドロンする極めて簡単な手口。
 でも本当にアドバイスした矢先に、偽ドルを使う本物に遭遇するなんて。被害が無くて本当によかった。
A 陽動作戦に乗るべからず
 混み入った手練手管でやられる訳でもなく、極めて単純なケースが多い。この程度なら自分はもっと注意するから大丈夫だ、被害に遭うはずが無いと考えておられたら、甘い。警戒していても、ちょっと陽動作戦の挑発にのって注意を逸らされて、地団駄を踏むことになる。
 今流行は、片言の日本語で「服が汚れていますよ」と言って、わざと肩先に汚物を付け、当人がびっくりしている間に、すり仲間がハンドバッグの中身を抜いていくケースなど。
 地下鉄ホームから出口へ、エスカレータに乗っていた時のこと。前に1人、後ろに1人、サンドイッチ状態で動いていく。突然、降り口で前の人が地下鉄パスを足元に落として拾おうとするがもたもたする。続くターゲット者はエスカレータに乗ったままで前の人にぶつかり足止めされる。後ろの人も詰まってターゲット者の方に寄りかかる。ものの2〜3秒のことでやっと拾えてエスカレータから3人とも降りる。これでターゲット者はオーバーコートを着ていたにもかかわらず、ズボンの後ろポケットに入れていたものをすっていかれた。2人1組のちょっとした陽動作戦すり。香港でもよく聞いたこの手口は見事なもの。後日、この話を聞いていたにもかかわらず、E氏がパリの地下鉄で経験しようとは思わなかった。
B クレジットカードの悪用にも注意
 すり・置き引きではないが、観光客も含めて最近急増しているカード被害がある。店でクレジットカードを使って購入したら、カードを店員に渡し、打ち出されてきたシートにサインするのだが、この時のちょっとした不注意から後々の面倒に巻き込まれる。
 客が油断している隙に、または客から見えにくい奥の方に持っていったり背を向けて、カードをシートに転写する際に多数同じ物を刷っておく。
 その内の1枚に買い上げの品目や金額を正しく記入してサインを求めてくる。そして、後日、サインをそっくりに真似て偽造されたシートで、色んな商品の購入による請求があなたの銀行口座から引き落とされることになる。
 最近では、カードの電子記録を隙を見てカードリーダーで盗み読みし、同じ複製を偽造する手口も多い。
 店の奥にカードを持って入ってしまうような店や、店員の変な仕種には要注意。目の前でシート作成をしてくれるような店でなければ安心できないのである。
(現在では、常識となって、みな気を付けるようになっているが)
C 宝石すり替えられてイミテーション買い
 これもカードと同様に、場末の宝石店でよく起きる被害。
 宝石がきらびやかに並ぶディスプレイ・ショウケースの上で、実物を良く吟味して購入するのだが、いかに証明書付きであろうが、目利きで良い物を選んでも、持って帰って鑑定してもらうとタダ同然の安物ということがある。これは、選んだ商品実物を包装する際に、客の眼前ではなく店の奥に持って入り、そっくりの模造品と入れ替えて包装し、客に渡しているのである。
 本当にそっくりの品がすり替えてあって、高価な買い物をしたつもりが金だけ払っての安物買いをさせられるケース。ちゃんとした店を選ぶこと。
D宝石屋で命を失うこともある災難
 宝石屋の店内で買い物をしていると、突然、自動小銃などで武装した数人の覆面強盗が乱入し、銃を突きつけ宝石類を強奪して逃げて行く事件が多発しています。
 急報で駆けつけてきた警官達と銃撃戦になり、店内や路上、逃げ込んだ地下鉄の駅構内などで市街戦を展開し、流れ弾で市民や買い物客が死亡する事件が、時々起きている。
 彼らのことを当時香港では「省港旗兵(さんこんけいべん)」と呼ぶ。隣接する中国広東省あたりから香港にやってくる赤旗兵(紅衛兵)くずれという、昔の映画の題目からとっています。こんな無茶苦茶な、しかも結構頻発する強盗事件に巻き込まれないように、襲われそうな店での買い物は控えたほうが良い。命まで取られては宝石どころではない。すり、置引きのほうがまし。
(4)何時も、すり・置引きにご注意を!
 すりのグループに組み易しと見抜かれたり、迂闊な買い物客と狙われれば、まずおしまいという事。対策は簡単なこと。自分の荷物を自分の手元に、管理下に置いておくこと。近寄ってくる不審なやからの存在をマークする。自分のカードや買った商品の動きに注意する。ただそれだけ。
その辺りの気配りが、「ムムッ、隙が無い!」となる。
「各々方、夢々油断めされるな。」 (1991年当時)

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