民俗学の父・柳田國男のふる里、福崎辻川界隈
  (郷土史にかかる談話 7)

民俗学の父・柳田國男のふる里、福崎辻川界隈

 歴史学が権力者等の功績が中心の古文書に頼ることが多く、平穏無事な地域は歴史上の事象が記録として伝わっていないことが多いので、普通の人々の生活においては農民史での一揆とか災害ぐらいしかありません。
 社会の特権階級による歴史ではなく、庶民の日常生活文化、民間事象の歴史的な移り変わりに注目した民俗学を日本で最初に確立した柳田國男は、兵庫県神崎郡福崎町辻川に生まれました。

 民俗学は、庶民の衣食住の生活、生業や祭りや行事の風習、伝説や民話や民謡、神仏妖怪等の信仰などの民間伝承を研究対象としています。庶民の生活全てが調査の対象であるため、伝わっている古文書調査のほか、地元の碑文、古民家古民具、生業、祭り、家庭や地域の行事などを、農山漁村に滞在して密着調査するフィールドワーク手法が採られることが多いのです。
 それは、現地に旅行し滞在する機会が多いことを意味します。柳田國男は、民俗学の研究のためにフォークロア(民間伝承、民間史料)を求めて、日本全国、アメリカ、欧州を煩瑣に旅行したり、講演に行ったりしています。椎葉村(宮崎県)では狩りの故実を、遠野村(岩手県)では東北地方の伝承を聞き取り、それぞれ柳田の代表作として『後狩詞記』『遠野物語』にまとめています。そして椎葉村や遠野市は、現在も民俗民話の里として旅行者の憧れの的になっています。
 こうして見ると、柳田國男は、今で言う最初の「郷土史(庶民史)探訪のスペシャリスト(旅の達人)」でもあったのです。
 柳田國男が生まれた福崎町のことは、柳田が少年(当時は松岡姓)の頃のことや生い立ちなどをまとめた『故郷七十年』に、生まれ故郷の辻川の思い出、家族のこと、そして後の民俗学へと繋がる出来事などが語られています。
 柳田少年が過ごしたゆかりの故郷、福崎町辻川界隈に民俗民話の香りを求めて、ご案内しましょう。

(1)巌橋
 辻川の南を岩尾川(雲津川)という綺麗な細い川が流れて、橋が石橋に架け代えられた、と柳田國男が思い出を記しています。
 平成11年の河川改修時に現在の公園に移築されました。
(周辺の見所:もちむぎのやかた

(2)昌文小学校跡地
 國男の兄、長男の松岡鼎が19歳で初代校長になり、國男が学んだ小学校。現在は町民第1グランドです。

(3)柳田國男・松岡家顕彰会記念館
 文化勲章を受章した民俗学者柳田國男とその兄弟松岡家の貴重な資料が豊富に展示してあります。

(4)柳田國男生家
 民俗学の父、柳田國男が生まれた家。柳田國男が著書『故郷七十年』の中で、「日本一小さい家」「ここから民俗学への志も源を発したといってよい」と記しています。

 

(5)町立神埼郡歴史民俗資料館
 神崎郡の歴史や、当地方で使われていた生活用具、農具などの民俗資料を展示しています。建物は明治19年、神崎郡役所として建設されたものを現在地に移築・復元したものです。明治時代のモダンな洋風建築です。
(周辺の見所:家形石棺、八千種村道路元標、薬師堂、短歌の森

(6)鈴の森神社
柳田國男が子供の頃よく遊びに来ていた場所の一つで、境内の狛犬に乗ってよく遊び、山桃の実を採って食べた思い出の神社です。播磨國風土記に神々が集まったとあり、勉学、声学、安産の神々を祭っています。鈴の緒をおなかに巻くと安産だという言伝えがあります。お礼は2本お返しするとされています。受験祈願には絵馬を奉納すると良いです。
(周辺の見所:もみじ回廊

(7)古宮跡
鈴の森神社の元の宮として知られています。市川の駒ケ岩より鈴の森大明神が神馬で飛んできたという伝説の地です。

(8)地蔵堂
 昔、地蔵堂の前が生野街道という重要な道でした。この地蔵様は子どもを健康にし頭の良い子にして下さると言われています。柳田國男の祖母小鶴が日詣りをし、柳田兄弟も連れられて詣っています。赤穂義士でおなじみの大石内蔵助の妻りくが里帰りの道中でこの地蔵堂で休憩したと伝えられています。

(9)駒ケ岩
 市川の淵にある大きな岩で、この淵で泳いでいると河童の「河太郎(がたろう)」にお尻をぬかれるという民話や、岩に古宮に向かって跳んでいった神馬の蹄跡があると言われています。
(周辺の見所:手作り醤油屋、作家横光利一住宅跡、田原村道路元標、松岡百貨店

(10)高藤稲荷
 柳田國男がよく遊んだ所で、稲荷信仰や狐研究を始めたもとになっています。
(周辺の見所:藤の木

(11)元ますや
 國男夫妻が昭和27年帰郷の時に宿泊したお宿の跡です。現在は景観を似せて住宅を再築されています。
(周辺の見所:鈴の露酒店

(12)柳田國男生誕地の碑
 柳田國男の生家があった所です。
(周辺の見所:クスノ木

(13)有井堂
 旅をしていた神積寺の開祖慶芳上人がこのお堂に泊まり、夢のお告げにより、神積寺を建立されたとされています。 この堂の床下に犬が数匹の子犬を産んでいるのを柳田國男とその兄弟が見つけ、堂の下にもぐりこんで子犬をつかまえ、楽しく幼年期を過ごしたそうです。
(周辺の見所:三木家の土壁

(14)大庄屋三木家
 三木家は英賀城主の後裔で秀吉の中国地方遠征後、ここ辻川に移り住み、姫路藩の大庄屋として地域の政治・文化の中心的存在でした。 古い建物は300年以上にもなります。百姓一揆の時の刀傷が当時のまま残っています。 柳田國男は10歳の頃1年間預けられ、三木家の書物を読み漁っていたそうです。
(周辺の見所:元辻川郵便局、銀の馬車道、東三木家

 郷土の偉人・柳田國男ゆかりの地、フォークロアの世界。いかがでしたか。

 周遊の一休みに「もちむぎのやかた」をお勧めします。
 おそばでもなく、うどんでもない独特の食感がある福崎特産のもちむぎの各種メニューのお食事、お土産が揃っており、もちむぎ麺の製造工程の見学もできます。

(2008年12月)

(参考資料:「福崎町観光協会・福崎町商工会」資料)

※クリックして下さい。
「郷土史にかかる談話室」メニュー へ戻ります。

※クリックして下さい。
「神戸・兵庫の郷土史Web研究館/郷土史探訪ツーリズム研究所」のトップ・メニューへ戻ります。
当研究館のホームページ内で提供しているテキスト、資史料、写真、グラフィックス、データ等の無断使用を禁じます。