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規制緩和で港湾地区を再生させたイギリス“ドックランズ”
(ツーリズム関連のレポート・エッセイ集 12) |
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規制緩和で港湾地区を再生させたイギリス“ドックランズ” |
阪神・淡路大震災産業復興プロジェクトのための先進事例調査(1997年)より |
1960年代から世界的な産業構造の変革に、イギリスは長期の経済低迷に見まわれていた。特に、ロンドンの港湾地区の衰退は深刻でした。そこに登場したサッチャー首相は、大胆な規制緩和と地方への権限委譲、企業誘致策を進め、大いに刺激を受けたイギリス経済は再生し、特にモデルとなった港湾地区「ドックランズ」は活気を取り戻した。
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阪神・淡路大震災の甚大な被害を受けた地域経済の再生の切り札として、このドックランドで注目された「エンタープライズ・ゾーン」制度の導入を進めるための調査に参加した。
ロンドンドックランズ開発公社(LDDC)のターリック氏(開発計画担当責任者)から約2、200haに及ぶ超大規膜都市再開発の歴史、開発コンセプト、開発の現状と将来計画についてレクチャーを受けた後、ヘミングウェイ氏の案内で現地を視察した。税制面での優遇措置などのインセンティブを発動して都心企業等の移転誘致を精力的に推進し、荒廃していた地域を最先端地域へと変貌させたプロセスと現況をみることができた。 |
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特に、同地区がエンタープライズソーンに指定されたことで大きく事業が前進した話を受けて、公社の権限や士地の取得手法などについても話をうかがえた。 |
●ドックランド開発の状況 |
(1)面積:約8.5平方マイル(4つの地域に大別できる。)
(2)沿革:1760年 最初のドックが建設される。
1967~1981年 コンテナ船の登場によりドック閉鎖 → 地元の荒廃
1979年 サッチャー政権誕生
1981年 ドックランド開発公社(LDDC)設立
→短期(12~15年)で事業を達成するため、大きな権限を碍た。
① 建築許可権限
② 土地の所有権
③ エンタープライズゾーン指定
(1982年指定。全国で11か所あるが英国南東郎では唯一。)
・政府からの年間補助金約6,000万£を得る。
・民間セクターとの連携を要請される。
(開発経費約80億£:内訳、民間65億£、LDDC15億£)
・2つの資金的なインセンティブが準備された。
(a)企業法人税は、中央政府が代わって収める。
(b)デベロッパーの建設経費の税金控除
(しかも、建設基準は健康面の規制だけで自由度が大。) |
(3)成功要因
① 政治的安定(15年間の保守党政権)
② 経済成長(80年代の英国経済成長) 、
・クウェート、北米、極東、スカンジナビア等海外資本の誘致に努めた。
・1981~84年 新聞のコンピュータ化 → 市中心部の古い建物から新聞社が移転。
(ロイター、フィナンシャルタイムズ)
・80年代後半 金融ビッグ・バン → 企融機関のオフィス需要増にともなう進出。
(1987年 キャナリーワーフに3米銀のビジネス・センター)
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(4)転換点
1990~93年 英国経済の低迷の影響を受ける。
・民間との連携は、マーケットの景気が開発事業に影響を与えることにもつながる。
→政府でもプロジェクト存続が議論される。
1993年 開発計画の続行決定とともに、権限を再び自治体に移すことが決められる。
1998年3月 LDDC活動終了予定。 |

ドックランズのコア地区、タワービルを中心とした「カナリーワーフ地区」の完成模型
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タワービル、50階建て、248m |

中小企業向けのオフィス団地 |
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(5)その他の事項 |
①税金のインセンティブは10年続いた。しかし、インセンティブは中小企業の移転には有利だが、現在は大企業の進出が中心であり、インセンティブはあまり必要ないので取りやめた。
② 土地の所有権は公社が・政府関係から港湾・鉄道・ガスなど公共用地の譲渡を受けた。また、私有地は私有のまま残したが、積極的な土地利用を行わない場は、買収することを地主に表明していた。開発業者には、建物を建てないと所有権が業者に移転しないようにした。土地は、価格が安いうちに全て買収して売り渡し、売却益を開発資金に回した。
③ 法人税の優遇制度としては、2種類ある。
(a)地方税:土地に建物を建てて事業行った場合の税金(ピジネス・タックス)は政府が肩代わりした。
(b)国税:土地に建物を建てた場合の税金については一部を免除した。
④98年に自治体に引き継ぐこととなっているが、10年前(80年代後半)なら、労働党政権下での引き継ぎは懸念があったが、現在(90年代後半)は新しい労働党政権にかわっており、将来のこととも予定通りと推測している。利益清算に関して言えば、昔通の意味での利益は残らない。
LDDCは環境局の1セクションの扱いであり、利益にあたるものは大蔵省に返すことになっている。
⑤製造業は進出していない。そもそもロンドン市内は地価が高く、製造業は外環状道路(M25)の外側に主に立地している。ただし、従来からドックランド内にあった製造業は残す方策である。
⑥サービス業や、ビジネス・サポート関連業の中小企業が多く進出している。例えば、会計事務所・法律事務所・印刷・出版など。
⑦土地利用については、60%が住宅関連用地(学校や商店等を含む)、40%がビジネス用地である。人口は1981年の39,000人から、97年には81,000人に増加している。 |

地区内の住宅、工場、オフィスなどを結ぶ軽便鉄道LRT
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地区内に新設されたコミューター空港のエアターミナル
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小型の近距離コミューター機が発着する飛行場。河辺に滑走路。
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飛行場の周辺は既存の工場などが取り囲む
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政府事務所、外国事務所などが入居するビジネスセンタービル
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レジャー施設の農場公園「シティファーム」
家畜や小動物、乗馬も楽しめる。 |
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この凋落イギリスを抜本的に起死回生させた素晴らしい「エンタープライ・ゾーン」制度の震災復興への導入については、当時の日本中央政府は「一国家二制度に繋がる」として採用しなかった。しかし、その後の長期景気低迷を受けてその画期的打開策として少しずつ導入されるようになってきた。もし、震災復興当初から適用されていたなら、現在の経済情勢はもっと回復の道を辿っていたいたのではないかと、残念でしようがない。 |
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