漫画『アドルフに告ぐ』(手塚治虫、作)の舞台(神戸)を巡る
(郷土史にかかる談話 58)
漫画『アドルフに告ぐ』(手塚治虫、作)の舞台(神戸)を巡る
時は太平洋戦争(第2次世界大戦)へ向けて世界が歩を進める直前の昭和11年(1936年)。日本とドイツの社会が急速に変化を見せ始めている。ファシズムの勃興と軍部の台頭である。
共に神戸に住み外国人学校に通う、ユダヤ人一家の息子アドルフ・カミルとドイツ外交官と日本人妻のハーフの息子アドルフ・カウフマン、そしてナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒットラーの3人の「アドルフ」が直面する、戦争という大きな時代のうねりに翻弄される国際情勢、社会全体から庶民生活を映し出しています。
(写真左:カウフマン邸のモデルとされた風見鶏の館)
物語の背景に、当時のドイツにおけるユダヤ人迫害と、その大元であるヒットラー総統の出自が皮肉にもユダヤ人が混ざるとする秘密が隠されていた。その秘密を巡って、ドイツと日本で繰り広げられる事件の数々。ヒットラー出生を示す書類が仕込まれた彫像は、ドイツで反戦グループ゚で殺されてしまった日本人の弟から、既に日本側の反戦活動派の親族に当たるの芸者の元へ。
作者手塚治虫氏が物語の端緒としたのは、アドルフ・カミルの墓参から記憶を辿る形式で始まっているが、場面はオリンピックが開催されていたドイツ・ベルリンであり、日本では御殿山(旧小浜村=現在の宝塚市)、作者のご自宅があった地の裏山です。
(写真右:御殿山の手塚治虫氏の旧宅)
●漫画に登場する神戸の主な舞台
日本での舞台は兵庫、大阪、東京、福井若狭で、其の中でも多くの外国人が居留・在住している国際都市の神戸。旧居留地とその周辺に発展してきた戦前・戦中の北野(異人館街)、元町、三宮、神戸港が主に取上げられている。
アドルフ・カウフマンの居宅は外国人が多く住む北野地区で、有名な異人館「風見鶏の館」に設定され、アドルフ・カミルのパンとケーキ屋「ブルーメン」は、北野異人館街からトア・ロードを南下した元町・三宮間の居留地に接した地にあった神戸洋菓子舗「ユーハイム」をモデルにしたと思われます。
(写真左:居留地とユーハイムとの間)
二人が通う外国人学校「神戸キリスト教学校」は、どうやら当時、現在の王子動物園のある地(灘区王子町3丁目)にあった多種の外国人子弟が行っていた「カナディアン・アカデミー」が、背後の裏山(崖崩れを起こした)の雰囲気も似ているのでモデルであろう。しかし、当時、ドイツ系外国人子弟が通う「ドイツ・シューレ(ドイツ学校)」が異人館街(中央区山本通)にあって、ここも登場する場面もあることはある。
また、神戸の当時の一般的な風景をバックに描かれているが、神戸の市街を俯瞰する丘の上も、北野・元町・三宮から西に離れた諏訪山公園金星台とも思えるが、遊び場所となっていたであろう風見鶏の館の東隣の北野天満宮の眺望の良い境内高台の方がリーズナブルである。
(当時、カナディアン・アカデミーが建っていたところ。左が校舎、右が裏山)
このほか、ドイツ人コミュニティがよく利用する「クラブ・コンコルディア」、トーアロード・ホテル、ユダヤ人コミュニティの関西ユダヤ教会、神戸ユダヤ協会なども北野異人館街にある。アドルフ・カウフマンの父が入院した神戸萬国病院は、現在のJR新神戸駅南の生田川沿いに、また、外国人墓地は一杯になった居留地(東遊園地)の東側からカナディアン・アカデミーのあった今の王子動物園から西北の山裾(灘区篭池通4丁目=現在の労災病院周辺)に移転されていた。
(写真右:北野の当時、クラブ・コンコルディアが建っていたところ)
峠草平が勤めていた協合通信社は居留地の京町筋、反戦出版社「芳信社」は元町・栄町周辺、峠の弟(勲)の学校恩師の小城先生の住んでいたアパートは、そのハイカラさから、当初は元町山側周辺、後に岡本(東灘区)周辺に想定されます。また、昭和20年6月の神戸空襲で焼け出された峠夫妻(草平と由季江)が避難する仮救護所は諏訪山小学校(現在、こうべ小学校)ようであるし、殺された芸者絹子(本多幸)が葬られている尼寺「慈念寺」は、手塚氏ご自宅の裏山御殿山の北側にある小林寺霊園の雰囲気が合う。
(写真左:焼け出されて避難した当時の諏訪山小学校=現在のこうべ小学校)
●漫画『アドルフに告ぐ』の舞台一覧(文藝春秋版全4巻より抽出)
第1巻
章
主な舞台
その他の舞台(国内)
海外の舞台
1
御殿山(川辺郡小浜村=宝塚市)の山林、手塚治虫氏旧宅
有馬温泉置屋「芳菊」
(イスラエル)アドルヅ・カミルの墓
(ドイツ)ベルリン・オリンピック・スタジアム、峠勲のアパート、在ドイツ大日本帝国大使館、ニュースタンスドルフ村
2
協合通信社(居留地京町筋)
(ドイツ)ニュールンベルグ
3
アドルフ・カウフマン邸(風見鶏の館)、パンとケーキ屋「ブルーメン」(ユーハイム跡)
神戸市街s11.8.16、踏切(三宮)、御殿山、
2・26事件s11.2.26(東京)
4
神戸キリスト教学校(カナディアン・アカデミーがモデル)、クラブ・コンコルディア(北野)、「ブルーメン」、神戸港埋立地小屋、カウフマン邸
北野異人館街s13.7.4
(中国)盧溝橋s12.7.7
5
カウフマン邸、神戸港埋立地小屋、病院(神戸萬国病院)、外国人墓地
阪神大水害(三宮、新生田川)s13.7.5、省線(JR)[三宮駅」
6
カウフマン邸、北野天満宮、「ブルーメン」、ドイツ・シューレ(ドイツ学校)、有馬温泉乙倉橋
元町周辺(水害復旧作業)、元町商店街、居留地(北側)、六甲道、一軒茶屋(六甲山)
住宅が建ち並ぶ現在の御殿山
神戸市街
北野異人館街
当時工事中だった神戸港附近
当時、神戸萬国病院が建っていたところ
当時、外国人墓地があったところ(現在の労災病院周辺)
当時からあった三宮駅前の地下道出入口
当時山本通にあったドイツ・シューレは現在六甲アイランドに
北野天満宮からの眺望
有馬温泉の乙倉橋
元町商店街
居留地北側周辺
第2巻
章
主な舞台
その他の舞台(国内)
海外の舞台
7
芳信堂(出版社、元町栄町周辺)、小城先生アパート(元町周辺)、阪神電鉄「三宮駅」ホーム、阪神電鉄ドンネル出口(岩屋)
北野異人館街、居留地
(オーストリア)シュトローネス村
8
カウフマン邸、葺合警察署(兵庫県警)
9
協合通信社、関東煮屋(三宮)
阪神電鉄のりば、下町(大阪)s14、省線高架(大阪)、築港第三桟橋(大阪)
10
省線「大阪駅」、大阪憲兵隊司令部、協合通信社大阪支社、釜田地区(大阪)、ごみ捨て場(大阪)
11
トアロード・ホテル(北野)、カウフマン邸
(ドイツ)AHS学校s14
(ポーランド)
12
小城先生アパート
警察署(大阪)、仁川刑事宅(大阪)
13
若狭追ヶ浜(福井)
14
若狭追ヶ浜(福井)
15
居酒屋(若狭)、警察署(福井県警)、省線「敦賀駅」
当時のビジネス街、栄町通
阪神電鉄「三宮駅」のホーム
(3本あった)
阪神電鉄のトンネルを出る
岩屋附近
現在の居留地には当時建てられたビルが多い
峠が連行された葺合警察署
協合通信社が居留地京町筋に
阪神電鉄「三宮駅」出入口
トーアロードホテルが建っていた現在の神戸外国倶楽部
第3巻
章
主な舞台
その他の舞台(国内)
海外の舞台
16
「ブルーメン」
神戸市街s15(皇紀2600年)、省線「三宮駅」前喫茶店、省線「三宮駅」荷物一時預り所、神戸大丸百貨店、仁川宅(大阪)s15.1.1、神戸港外国航路埠頭(上海航路)
17
(リトアニア)コブノ市の教会
(ドイツ)AHS学校
18
(ドイツ)AHS学校、列車内
19
(フランス)ダンケルク、パリ
(ドイツ)ベルリン、総統司令部、ベルグホーフ
20
「ブルーメン」、関西ユダヤ教会(北野)、北野天満宮、小城先生アパート(岡本周辺)
桑山先生宅(御影周辺)、六甲ケーブル、六甲ケーブル「山上駅」前バス停、温泉寺横階段(有馬温泉)、有馬温泉置屋「芳菊」、住吉川橋梁、御殿山、神戸港外国航路埠頭
21
慈念寺(宝塚市、小林寺霊園がモデル)
宝塚少女歌劇場、横浜港(神奈川)、数寄屋橋電通ビル(東京)、銀座(東京)、省線「東京駅」、城東地区(大阪)、本多邸(大阪)
22
「ブルーメン」
居留地s16.5、本多邸(大阪)、あやめ池(大阪)
23
陸軍憲兵隊指令部(東京)、在日本ドイツ大使館(東京永田町)、仁川宅(大阪)、本多邸(大阪)
24
仁川宅(大阪)、本多邸(大阪)
神戸市街・北野を望む
JR「三宮駅」前
神戸港外国航路埠頭
(上海航路)
関西ユダヤ教会(北野)
六甲ケーブル「山上駅」
温泉寺横の階段(有馬温泉)
住吉川の橋から
神戸港外国航路埠頭
尼寺「慈念寺」のモデルになった小林寺霊園(宝塚市)
宝塚歌劇場
当時の神戸港(別ページ)
当時の神戸港(別ページ)
第4巻
章
主な舞台
その他の舞台(国内)
海外の舞台
25
ドイツ料理店「ズッペ」(カウフマン邸)
東京拘置所、大本営陸軍部(東京)
(アメリカ)大統領府、在アメリカ大日本帝国大使館、ハワイ真珠湾s16.12.8
26
(ドイツ)ベルリン
(ポーランド)ワルシャワ
27
東京
(ドイツ)キール軍港、ベーリング海峡(潜水艦)、千島列島(潜水艦)
28
「ズッペ」、「ブルーメン」
神戸大丸百貨店周辺s20.1.25、省線高架(三宮)、神戸ユダヤ協会(北野)、空襲(明石市)
29
「ズッペ」、クラブ・コンコルディア、「ブルーメン」
日比谷交差点(東京)、省線「有楽町駅」(東京)、銀座(東京)
30
「ズッペ」
31
省線「三宮駅」ガード下s20.2.4、空襲(三菱造船所・神戸和田岬、居留地)、港湾地区のぼろビル(三宮)
32
(ドイツ)ベルリン総統官邸s20.4
33
仮救護所(神戸、諏訪山小学校)
(空襲)「ズッペ」焼失、(空襲)三宮、本多邸(大阪)
34
玉音放送s20.8.15、GHQ本部(東京)、阪大病院(大阪)、本多邸(大阪)
35
(イスラエル)s23・1948年
(パレスチナ)パダウィs48・1973年
36
(イスラエル)アドルフ・カミル宅s58・1983年、カミルの墓
ドイツ料理店「ズッペ」を開店
(風見鶏の館)
パンとケーキ屋「ブルーメン」の附近
大丸百貨店前の交差点、
当時市電が走っていた
JR「三宮駅」附近の高架
神戸ユダヤ協会(北野)
クラブ・コンコルディアの銘板
(北野)
当時、ドイツ総領事館が建っていた附近(神戸市役所南)
三宮周辺
●主な登場人物の簡介
(1)3人のアドルフ
@アドルフ・カミル:日本に移住して来て、元町・三宮でパンとケーキ屋を営むユダヤ人一家の息子。アドルフ・カウフマンとは親友。Aアドルフ・カウフマン:ドイツ外交官と日本人妻との一人息子。日独ハーフ。カミルとは親友で、共に神戸キリスト教学校へ通う。ヒットラーの秘密に触れ、物語の渦中に。ドイツAHS(アドルフヒットラー学校)に留学し、ヒットラーの側近になる。Bアドルフ・ヒットラー:トイツ総統、ナチス党主。世界大戦、ユダヤ人迫害などで有名な歴史上の人物。
(2)主人公たちに近い人々
@峠草平:物語の狂言廻し・語り部で、影の主人公。ベルリンのオリンピック取材で弟(勲)に遭遇。A峠勲:草平の弟で、ベルリンで反戦活動、ヒットラーの秘密を入手して殺される。Bカミルや勲の学校の先生だった小城典子。Cアドルフ・カウフマンの父ヴォルフガングと母の由季江(後に峠草平夫人となる)。Dアドルフ・カミルの父イザークと母。E大阪憲兵隊長の本多大佐と密かに反戦活動をする息子の芳男。F御殿山で殺された有馬温泉置屋「芳菊」の芸者絹子、芳男の叔母にあたる本多幸。F秘密書類を追うドイツのゲシュタポのアセチレン・ランプ。G日本特高警察の赤羽、おなじみハム・エッグのキャラ。H峠草平を助ける大阪府警の仁川刑事と娘の三重子。I若狭で峠を助ける居酒屋のお桂。Jカウフマンの計らいでドイツから日本へ亡命し、カミルの家で世話になるユダヤ人女性、エルザ・ゲルトハイマー。
漫画『アドルフに告ぐ』(手塚治虫・作)
4巻セット(文藝春秋社版)
昭和の世界的な経済恐慌の嵐が吹きすさび、ファシズム、軍部の台頭して次第により大きな世界大戦の影が忍び寄っていた。昭和11年のベルリン・オリンピック以降、日本でも2・26事件、皇紀2600年・・・・。遂にヨーロッパ戦線に続いて日本は米英と開戦、ヨーロッパでもアジアでも世界を二分する大戦争に突入していった時代を背景に、『アドルフに告ぐ』物語は進んで行きます。
戦前・戦中、昭和初期の神戸を中心とした舞台で展開される漫画をご覧いただき、当時の雰囲気を感じながら神戸の街を訪ね歩いていただきたい。
(2014年12月)
●当時(昭和初期)の神戸今昔
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神戸地域(1東部・港湾)
神戸地域(2中央)
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