近代化遺産・産業遺産とツーリズム・保存と活用
 (ツーリズム政策と提言 1)
近代化遺産・産業遺産とツーリズム・保存と活用
1.ドイツ、驚きのエムシャーパーク
 ドイツ、デュッセルドルフの近郊、経済・産業の中心地としてドイツの発展を支えてきたルール工業地域は、産業構造の激変に伴って停滞、衰退し、昔日の面影はありません。今その地域、エムシャー河流域を公園化し再生する計画が進められていました。元製鋼所の跡地に踏み入った2001年6月平日の午後のこと、多くの子供たちの歓声が遠くから聞こえてきました。入口には製品の鋼板や工場設備材料を利用したオブジェがカラフルに輝き、製造プラントを転用したジャングルジム的なフィールドアスレチック・コース。
 高炉を囲っていたのであろう分厚く高いコンクリート壁ではロッククライミングの教室、貯水庫には今もきれいな水が湛えられてスキュバ・ダイビング教室に使われている。巨大なオイルタンク跡も。ヤード内は散策のできる園遊地に芝生や植樹で景観回復を図り、清流、ビオトープ、池も見受けられます。
 もちろん、往時の製鋼所の活動が忍ばれる記念展示館もあって、産業文化や環境問題などの社会勉強にくる児童のグループの姿も目に付き、若者たちのみならず、市民の森となったヤードを散策する地元の老夫婦にも出会う。これが、あの重工業の代表格、製鋼所の廃工場跡地なのでしょうか。跡地を遺してほんの少しの保存活用のための整備を加えて公園化され、周辺の人々の憩いの場となっているではありませんか。
産業の廃残物とは、放置隠蔽するか、取り壊しするしか選択肢がないものと諦めず、後世に継承し活用する手だてが採られるべき「産業の遺産」そのものであると、認識を新たにしました。

製鉄工場跡を転換したランドシャフト公園、ヤードは広大

製鉄工場の建物は基本的に
残されて活用

キューポラの壁跡はクライミングに、右方のタンク跡も球技場へ

デュッセルドルフ郊外のランド
シャフト公園エントランスにて
2.近代社会を支えた産業遺産(近代化遺産)という資源の再評価
 近代化遺産の中でも、特に産業遺産が急速に注目を集め、その価値の再評価が進められてきました。
 我が国の近代化を進め我々の社会生活を支えてきた中心であった産業活動は、時代の趨勢に伴って産業構造の激変による衰退や興隆を見せてきました。いわゆる重厚長大型から軽薄短小型への業種の変遷、全世界的生産体制の分散分業化や大都市一極集中の顕化などもあって、地域によっては役目を終えた産業が出てきています。
 産業活動が経済社会情勢に併せて転換して行くに連れて、産業を支えてきた施設はスクラップ&ビルドが主流であったのは、限られた土地の有効活用が必須であった我が国の宿命です。高度成長期という幸運が後押しをして資源の大量消費や自然環境の改変もやむなしとし、昔の痕跡すら覗わせない変わり身こそが産業の美学と称されたのでした。しかも、現在では産業活動は一つの地域内で納まらず、地球規模での展開が進む中で、旧施設群は再生されることなく、放置あるいは廃棄されて無惨な旧態を晒しています。
 地域の経済を再活性化するために、前述のように欧米では常識となっている資源回収・再生再利用の促進を図ることが求められています。
 身近にあるこれら地域固有の特色を持った産業が遺したもの「産業遺産」を保存し、後世に継承し、地域の魅力づくりや新たな産業活動など、特にツーリズム分野に活用することが重要です。
 産業遺産は近代のものが多いとは言え、当時の産業発展の背景や地域における産業活動・生活文化といった歴史を形成してきた貴重な文化財と言っても過言ではありません。正に「ツーリズムの資源」となり得るのです。 産業遺産はそのほとんどが産業所有の場合が多く、使い続けての本来用途継続で有効保存するか、または元に戻せるような一時転用を図って、放置することなく保存用整備と危険回避処理を施すことが望まれます。
 そして、有効活用できるように、例えば記念館や博物館としての整備利用を図る必要があります。
 これらの整備された産業遺産を活用することにより、地域産業の発展史や環境問題、文化(テーマ)の保存・伝承などの社会勉強の場、地域学習の素材を提供することができ、近代歴史を証する建物としての観光や体験型ツーリズムの資源化が達成されるのです。

南あわじの珍しい農業用水の分水工

今も現役の北条鉄道の古い
「法華口」駅舎

ほとんど残存しない軍事遺産の一つ、明治維新時の西宮砲台

地元が独力で造った車1台しか通れない昔の隧道
3.産業遺産から近代化遺産全般へ
(1) 我が国の近代化と産業構造の激変、生活文化・産業文化への注目

@ 近代産業の勃興・導入、天然資源の有効活用、国家・地域を支える産業振興。
A 国際経済社会の時代へ。産業構造の激変による衰退や興隆、公害対策から地球環境対策、重厚長大から軽薄短小へ、世界的生産体制の分散分業化、大都市一極集中の顕化など。
B 産業活動の変化に伴う生産施設の転換は、「スクラップ&ビルド」が産業の美学、高度成長の経済情勢が後押しする大量消費、経済重視による環境対策過小評価など。
C その結果、跡形も覗えない廃棄と転換、コストパフォーマンスによる放置。
D 身近な歴史として郷土史を見直す気運、近代化時代における生活文化・産業文化の変遷への評価、新しい観光資源の発掘へ。
(2)近代化遺産と産業遺産の定義
「近代化遺産」:日本の近代化に貢献した建造物等で、土木、交通、産業遺産(関係する機械等を含む)。 (全国近代化遺産活用連絡協議会)
@ 江戸時代から50年前までにつくられたもの。
A 技術に限らず、広く近代化貢献の観点。意匠やデザイン、構造という文化的価値も重視。
B 生産機能だけでなくオフィスや公共施設(歴史的建築物)も対象。保存に加えて「活用」にも重点。
C 文化財として「近代化遺産」の保存法制化。
  ※近代化遺産がある地方公共団体を中心として設立されたこの連絡協議会は、10月20日を「近代化遺産の日」と指定した。(旧工部省の設立日)

「産業遺産」:産業技術の歴史を実証する遺跡、遺構、遺物(産業考古学会)
@ 幕末・明治時代以降の近代のもの。
A 近代化に貢献した「技術」の観点から、技術文化を実証的に調査・研究する。
B 建造物だけでなく機械などの動産も含む生産機能関係の施設(推薦産業遺産)を対象。保存に重点。
C 産業遺産の活用は、欧米あたりから1970年代から活発化。
D 産業革命以降、問屋制家内工業からマニュファクチュア、工場制手工業の段階に至った時点の産業遺産をもって、「近代化遺産」と定義。
(3)文化財保護法で「近代化遺産」として指定・保護
 明治時代以降の日本の近代化に寄与してきた産業・交通・土木関連の建造物、具体的には炭鉱、発電所、ダム、水源地、運河、鉄道施設、港湾施設などを新たなジャンルとして着目した文化庁は、1990年から全国における近代化遺産調査を開始しました。1993年(平成5年)から文化財保護法の「建造物の部」に 「近代化遺産」と称して重要文化財の指定を始めました。後に阪神・淡路大震災を契機に、文化財の一層の保護に繋がる登録文化財制度が1996年にスタートし、積み上げ型のノミネートによって将来の重要な文化財と認められ得る可能性が広がってきました。
※ 「文化財」として指定、選定、登録の区分。
@ 有形文化財(建造物、美術工芸品)
A 無形文化財(演劇、音楽、工芸技術など)
B 民俗文化財(衣食住・生業・信仰・年中行事などに関する風俗習慣、民俗芸能、民族技術など
C 記念物(史跡、名勝、天然記念物)
D 文化的景観(地域の人々の生活・生業及び風土によって形成された棚田、里山などの景観、日本の原風景)
E 伝統的建造物群(周囲の環境と一体を成して歴史的風致を形成している伝統的町並み、集落など)
    *文化財の保存技術(文化財の保存に必要な制作、修理の技術など)
    *埋蔵文化財(土地に埋蔵されている状態にある文化財)
(4)近代化遺産(産業遺産)の分類(提案)
産業遺産や近代化遺産については、現在、全国的に各方面で調査、データベース化が進められていますが、未だ統一された分類方法はありません。ツーリズム振興に役立てるものとして、大まかな産業分類により、下記の8分野12項目に区分を試みてみました。(旧来の神社仏閣等は除外しています)
産業遺産 1.農林漁業・食品・飲料 農業疎水、農業用井戸、堰堤ダム、塩田、醸造(酒・醤油など)、旧農協、食糧・飲料、サイロ、製材、リフト、倉庫など
2.鉱業・窯業・建設業 鉱山、選鉱所、精錬所、軌道敷、鉱山街施設、焼物窯、窯業、建築業など
3.製造業 機械金属、鉄鋼、化学、繊維、製紙等の工場・事務所・社宅など
4.卸・小売・金融・保険・サービス業 ビルディング、商社、銀行、百貨店、旅館、ホテル、病院、浴場、娯楽施設など
5.運輸・通信業(1)運輸・通信・造船・航空機・港湾・運河など 船会社、通船、通信、郵便、造船、航空機、港湾、運河、灯台など
5.運輸・通信業(2)鉄道施設 旧国鉄、駅舎、線路、橋梁、トンネル、廃線跡など
5.運輸・通信業(3)道路施設 道路橋、隧道、旧道など
6.産業関係の行政・教育機関  産業行政機関、実業教育機関など
7.エネルギーなど 発電所、ダム、浄水場、下水道、ガス、砂防堰堤、導水路など
産業遺産と連携する近代化遺産(文化財)など 8.産業遺産と連携する近代化遺産(文化財)など(1)公共施設 河川構築物、公園、集会場、公民館、美術館、教会、行政標識など
8.近代化遺産など(2)行政機関・教育機関 役所、警察署、裁判所、教育施設(大学・高校・中学・小学等)、軍事施設など
8.近代化遺産など(3)居宅 居宅、古民家
神戸・兵庫の郷土史Web研究館
「ひょうごの近代化遺産めぐり(地域別・写真集)とリスト」 メニューへ
神戸・兵庫の郷土史Web研究館
「ひょうごの近代化遺産めぐりとリスト(分野別)」 メニューへ
(5)ユネスコは、世界遺産登録においても「近代化遺産など」に注目
 ユネスコは、1994年12月の第18回世界遺産会議(タイ・プーケット)において、従来の登録遺産の分野の偏りを反省し、「世界遺産一覧表における不均衡の是正及び代表性・信頼性のためのグローバルストラテジー」を決議、考慮すべき分野として、@産業遺産、A20世紀の建築、B文化的景観 を指摘しました。

(6)経済産業省は「近代化産業遺産」指定で活用へ
  我が国産業の近代化に大きく貢献した「近代化産業遺産」について、をとりまとめ、地域活性化に役立つものとして、経済産業省は、「近代化産業遺産群」とこれに付随する地域史や産業史を包括した「ストーリー」及び近代化産業遺産群と構成する「個々の認定遺産」をとりまとめ、公表しました。
(第1次) 2007年11月30日、33ストーリー、575件を認定・公表。兵庫県内においては、造船・観光・ワイン・生野鉱山・阪神工業・神戸港・醸造業・西日本綿工業の、8ストーリーで55件が選ばれました。
(第2次) 2009年2月6日、続33ストーリー、540件を追加認定、公表。 県内では、動力機関、化学工業、鉄道施設、私鉄沿線開発、橋梁、燈台、水道、旧居留地レジャー、西日本灌漑、瀬戸内製塩・醸造の分野で、40件が認定されました。


取壊され土台のみ残った
神子畑選鉱場跡

神戸港発展の基礎をつくった
今も現役の神戸税関庁舎

開校時の関西学院の教会、
いまは神戸文学館

室津の豪商宅を資料館
「海遊館」として活用
4.近代化遺産(産業遺産)の保存とツーリズム資源としての活用
 このように、地域を支えて固有の特色を持った近代化遺産(産業遺産)を保存し、後世に継承し、地域の魅力づくりや新たな産業活動へ。産業活動の変遷が急激に進む中で、既に本来の役目を終えた産業遺産を廃棄から守らなくてはなりません。
 次のような、ハード対策に加えてソフト対策にも、特に周辺地域の協力が不可欠なのです。
(1) 中心となる推進態勢が必要です。
ヘリテッジ・マネジャー等の専門家や学識経験者、まちづくりまちおこしの関係者(役所・団体・NPO・産業界・住民等)、遺産の所有者など。
(2) 近代化遺産(産業遺産)の調査を実施する。
 現状調査、隠れた遺産の探索、保存等方針検討など。
(3) 遺産を活用した地域活性化計画の策定を進める。
@ 遺産周辺の公園化、必要な環境整備、アクセスと移動手段の整備
A 資料館、記念館などセンター機能の整備
B 整備手法の検討と実行
自然公園法、都市公園法、文化財保護法、都市計画等(都市計画法、都市再開発法、建築基準法、都市計画マスタープラン、伝統的建造物群保存地区、景観形成ガイドラインなど)、地域における歴史的風致の維持および向上に関する法律(歴史まちづくり法)、古民家の再生整備など。
(4) 各種の支援ソフト事業を開拓・実施する。
 地域産業の発展史や環境問題、文化の保存・伝承などの社会勉強の場、地域学習の素材提供。産業遺産の果たした役割や将来の活用方法等の研究活動など。
(5) 地域・関係各界を挙げた支援(ファン)体制を確保する。
 調査、資料収集、郷土史専門家やボランティアガイドの養成、勉強会・研究会・シンポジウムの開催、イベント開催、ツアープログラムの商品開発、案内看板や休憩所・宿泊所整備などツーリストの受け入れ態勢の整備、関連グッズ開発、専用のホームページ運営、ファンクラブやNPO形成など。
(6) 必要事業への要望を関係先に働きかける。
 近代化遺産(産業遺産)の保存と活用のための助成金等の法整備。土地や建物の公有化、企業メセナへの優遇税制、遺産活用ニュービジネス(記念館なども含む)への新産業支援など。
(7)世界的ツーリズム資源化を標榜する。
 世界遺産(自然・文化・複合)、無形文化遺産、地質遺産(世界ジオパーク)、プロジェクト未来遺産(日本)など。  

観光客で溢れる神戸異人館
「風見鶏の館」

准世界遺産級の生野銀山
金香瀬観光坑口

神戸の旧居留地に残る
洋風建築物

国鉄廃線の終着駅だった
鍛冶屋駅舎跡と車両を展示
 中心となる産業遺産のみならず、居宅等の生活文化遺産や往年の活動がしのばれる跡地などの近代化遺産や軍事遺産、またもっと昔からの郷土史跡なども含めた「郷土史ツーリズム」や、現在の産業活動にも触れ得る「産業ツーリズム」との合体、連携が重要となってきます。
 例え、遺産と言えるほどに遺物が存在しなくても、また、取組みの甲斐なく助成事業採択等が見送られても、その過程で培ったノウハウと連携体制は、私たちの生活文化の拠り所である近代化遺産(産業遺産)の保存と活用に大きな貢献をしてくれるでしょう。これらの取組みが将来の素晴らしい地域づくり、ツーリズムによるまちおこしなどへ繋がるものであります。
 引き続き、県や市町村、大学、意欲あるNPOが積極的にそのリーダーシップをとられることを期待します。
※ツーリズム研究会会誌『ツーリズム研究』第5号(2007年2月)掲載の「産業遺産とツーリズム」(中嶋邦弘)、及び研究会での講演(2011年10月)等より
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