@ 『六甲山の鳴動が不幸にして彼の往年の磐梯山の如き大破裂の前兆であらうものなら、實に由々しき一大事であるのだ。萬一、萬々一、噴火か噴水かの大災厄が起ると仕た時には、單に山麓の諸町村が火砕泥海と為るのみならず、エスヰオ山(ヴェスヴィオ山)の破裂にポンペイの市府が埋没した、それ程にもなるまいが、浅間山の噴火に江戸の八百八町が悉く灰土を冠った、それ處の被害では迚(とて)も済むまい−−我が神戸市は。・・・』
A 『・・・有馬の浴客は此夏の盛り時に際し、安んじて温泉を齢を延べる處ではなく、皆肝を縮めて、下山復下山。有馬開闢以来の大椿事である。・・・』
B 『分署長の調査、測候所長の出張、震災豫防調査會よりも嘱託員が出張するといふ今日。自分は友人松田琳雨子と共に、六甲山に向かって出發し、・・・其探檢の有様を、細大漏らさず讀者に報じやうと思ふ。・・・』
C 『・・・六甲山頂の測量標の下に、本陣を構へ、探象流の視察を下さうとする此時。果然、鳴動の第一聲は来れり。・・・遠雷の如き音響を聴くと同時に、僅かに薄弱なる電気の感じる時の如き小微動を身に覚えたのみだ。・・・此小鳴動の来りたるは、・・・それは有馬町の方ではないか。・・・正午十二時頃、第二の鳴動は来った。一刹那の断震である。鳴響もあまり大いなる物では無い。・・・』